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宇美町立 歴史民俗資料館
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| 古くから大陸との交流が盛んで、いろいろな遺跡から 重要な発掘がなされています。 私たちの住む宇美町は、いつの頃から人が住むようになったのでしょうか。発掘調査で今から二万年程前の氷河時代から長い年月をかけて、先人達が築いてきたということが解ってきました。宇美町の「宇美」という地名の由来は良く解っていませんが、応神天皇がこの地で誕生されたことから、「産」が宇美になったという伝説があります。また中国の「魏志倭人伝」に記されている「不彌(ふみ)国」が宇美になったという説もあります。いずれにしても、私たちの住む町は歴史と伝統のある町であることには、違いありません。 宇美町には、多くの遺跡が町内に点在しています。これらの遺跡には、古くから海外との交流の歴史があります。宇美町で発掘された考古資料から最初の交流は、宇美公園内にある神領2号墳出土の銅鏡と銅鈴だと考えられます。銅鏡は中国の後漢で造られ、銅鈴は朝鮮半島で造られたものです。これら二つは銅の紐で結ばれていました.町の南端にある四王寺山には、国の特別史跡大野城跡があります。この大野城は現在の韓国南部にあった百済(くだら)の高官の指導によって築城されたものです。このように宇美町では、古くから海外との交流の歴史を見ることができます。 |
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| ●宇美町立歴史民俗資料館 歴史民俗資料館は町内の貴重な文化財の展示公開を行い、郷土の歴史、文化財に対する理解を深めるための施設として昭和55年に開館しました。その後、資料の増加と展示施設の充実を目的として、平成2年には展示室の増築が行われ、現在は民俗展示室、町民ギャラリーがある資料館として広く県下で知られています。 |
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